MENU

犬・猫の殺処分の実態は? 藤崎童士著『犬房女子』

犬・猫が大量に殺処分されている…

その実態を詳細に記したものが、藤崎童士(ふじさきどうし)著『犬房女子(けんぼうじょし)-犬猫殺処分施設で働くということ-』です。

「ここに入ったら犬や猫たちは死を待つしかありません。罪のない子が一匹残らず殺されて焼かれてしまいます。

 処分の日、奥の狭い通路へと連れ出された犬たちは、一番奥にあるガス室へ歩いていかなくてはなりません。そんなぎりぎりの状態でも、私たちが近づいて頭をなでると、かむどころかしっぽを振ってくれます。飼い主さんが迎えにきてくれることを最後まで信じて、辛抱強く待ちつづけているんです。

 でも、犬たちを処分機へと追い込む扉がせまってくる音とともに、その表情は一変します。二度と外に出ることはできません。驚きあばれます。やがて力つきます。

 愛玩動物としてこの世に生を受けながら、どうしてこんなみじめな形で死を迎えなくてはならないのでしょう。どうして飼い主さんは手放すことができるのでしょう」

衝撃的な言葉で綴られたプロローグ。冒頭から涙がこぼれ落ちます。

2013年4月、須藤和美は「熊本県動物管理センター」で働き始めます。

そして、翌月からは、同所で小嶋玲(あきら)とともに働くことになります。

動物の処遇、死を迎える犬・猫の様子、上司や同僚との日々のやりとり、見解の相違など、ここまで内情を晒しても大丈夫なのかと心配になるほど赤裸々な描写。

こんな現実が身近なところで起こっているなんて……と絶句するばかりでした。


目次

炭酸ガスによる殺処分の現場

当時、「熊本県動物管理センター」で採用されていた殺処分方法は、二酸化炭素ガスによる窒息死でした。

殺処分が行われるのは毎週月曜日。

ただし、施設の収容能力は成犬200匹、子犬100匹、猫30匹

そのため、収容される犬猫の数が多い場合は、木曜日にも殺処分が行われていました。

檻から「追い込み通路」へと追い込まれた犬たちは、「追い込み扉」と呼ばれる鉄柵が迫ってくる中、否応なしに処分機へ追い込まれます。

処分機の大きさは、開口部140cm、奥行き140cm、高さ150cm

この狭い空間に閉じ込められた犬たちは、注入されるガスによって、数分もの間もがき苦しみ、そして力尽きます。

ガス殺は安楽死とは程遠いもの。

その現場を初めて目の当たりにし、思わず目を背けてしまう玲に対し、和美は「そらしちゃだめ」と声を上げます。

「かわいそうだけど、かわいそうっていうそのときの感情だけで終わらせてしまったら、あの子たちがもっとみじめになっちゃう気がする」

保護犬・保護猫の殺処分専門施設

舞台となっている「熊本県動物管理センター」は、保護犬・保護猫の殺処分専門施設と呼べるものでした。

同所の名称は2017年4月に「熊本県動物愛護センター」へ変更され、現在は動物愛護の方向へと大きく舵が切られています。

しかし、『犬房女子』は過去の話ではありません。

ガスによる殺処分は、今なお全国各地で続いています。

『犬房女子』は、2013年から2015年頃にかけての話が中心です。

動物の愛護及び管理に関する法律(改正愛護法)が施行されたのは2013年9月(2012年8月成立)のこと。

しかし、「熊本県動物管理センター」 はその後も変わらず、殺処分専門施設として犬・猫のガス殺を続けていました。

2013年の同法改正により、第35条1項に「ただし、犬猫等販売業者から引取りを求められた場合その他の第七条第四項の規定の趣旨に照らして引取りを求める相当の事由がないと認められる場合として環境省令で定める場合には、その引取りを拒否することができる。」という文言が追加されました。

これにより、自治体職員による引き取り義務は必須ではなくなりました。

動物の所有者に対して終生飼養の義務が示され、相当の事由がない限り、自治体は引き取りを拒否することができるようになったのです。

ところが、『犬房女子』には次のように書かれていました。

改正愛護法の施行後、管理センターの収容数に目立った変化はなく、相変わらずたくさんの犬猫が連日運び込まれてくる。

法律だけでは変わらない現実もあるのです。

保健所へ収容された犬・猫のその後の流れ

熊本県では、犬猫の引き取りに関する相談窓口は、各保健所になっています。

捕獲員によって捕獲された犬・猫に関しては、公示期間内(熊本県の場合は3日間)に元の飼い主に返還されなかった場合、保護した人もしくは里親に譲渡されるか、管理センターへ移されるかのいずれかになります。

『犬房女子』の記述によれば、当時、譲渡が行えるのは保健所のみだったため、管理センターへ移されるということは、ガス殺による処分の確定を意味していました。

犬は「1番檻」から「5番檻」の5区画に入れられ、猫は「6番檻」の1区画に入れられます。

管理センターに移された犬・猫は、早ければ即日処分されます。

数日間、管理センターで過ごすことになる犬や猫にも、しばしの安寧が与えられるわけではありません。

例えば猫については、管理センター内にキャットフードがないため、餌を口にできないばかりか、殺処分まで水一滴も飲めないことがあると。

犬についても同様で、怪我をしていても治療されることはありません。

「管理センターとは、あくまで殺処分する場所であって、怪我を負っていようが、ほかの犬からかみ殺されていようが、技術員は一切手を出さない方針」とのこと。

動物愛護専門員」として管理センターで働く和美と玲は、その状況を変えようと奔走します。

殺処分をなくすために何ができるか?

『犬房女子』に書かれていたことは、衝撃の連続でした。

しかし、犬・猫の殺処分は現在も全国各地で続いています。

殺処分数は年々減りつつあるとはいえ、今なお、おびただしい数の犬・猫の命が奪われています。

ガス殺の現状について、はっきりした統計は見当たりませんでしたが、香川県民から同県へ寄せられた声に対する、県の生活衛生課の回答(2020年6月)には次のように書かれていました。

「やむを得ず犬猫を殺処分する際には、他の自治体でも行われているように、できる限り動物に苦痛を与えないよう、炭酸ガスや麻酔薬の過剰投与による安楽死処分を行っています。炭酸ガスによる安楽死処分は、都道府県の約6割が採用している手法であり、現状において、安楽死処分の手段として認められているものです。」

ガス殺は現在も、約6割の自治体で採用されているようです。

また、ガス殺による処分が「安楽死処分」として捉えられていることにも驚きました。

仮に、麻酔薬による処分だとしても、それが安楽死と呼べるかどうか疑問は残ります。

犬・猫を麻酔薬で殺害する獣医さんの精神的苦痛も非常に大きいと聞きます。

獣医さんは、動物の命と健康を守るために働いておられるのですから。

殺処分を行わないように、施設のキャパシティを大きくすればいいではないかという声もあります。

収容能力が増えれば、殺処分までの日数は延長されるかもしれません。

しかし、そのことが抜本的解決策にならないことは明らかです。

殺処分数が減少している背景には、動物保護活動をしている方たちの貢献も大きいです。

ただし、そこには行政や民間による支援が圧倒的に不足しているようにも思えます。

ボランタリーな精神だけでは限界があることも、自明のことでしょう。

助かる命を少しでも救うために、私たちに何ができるか?

犬房女子 -犬猫殺処分施設で働くということ- 』を通じて、あれこれ考えさせられました。

目次