元日はどうして祝日になったか?

国民の祝日である1月1日を元日と言います。
「国民の祝日に関する法律」(1948年7月20日施行)で「年のはじめを祝う」ことを目的に祝日とされました。
似た言葉に「元旦」がありますが、元旦は1月1日の朝のみを指す言葉です。

1月1日を祝日にすることに対し、異議を唱える人はいないでしょう。
理由は「新年の初日だから」でしょうが、海外では1月1日を盛大に祝う習慣はあまりありません。
欧米では、クリスマスを盛大に祝いますし、アジアでは旧正月を盛大に祝います。

日本で1月1日を盛大に祝うようになったのは、神道(しんとう)の影響です。

年神様のことに関しては正月の風習に関することと合わせて、三井寺 いのりの原景に分かりやすく書かれていたので引用させていただきます。

昔は、年を数え年で数えた。各人の誕生日に関係なく、正月を迎えると、皆、いっせいに年を一つとった。
毎年、一月一日の朝、つまり元旦に年神(としがみ)を迎える。年神は、その年の五穀豊穣と家内の安全をもたらしてくれる神であり、人には一年分の新しい魂を与えてくれる。これを数えて数え年とした。正月に「おめでとう」と挨拶するのも、年神を迎えることができておめでたいからである。
年神は五穀を司る神。『古事記』によれば、須佐之男神(すさのおのかみ)の孫に御年神があり、稲の守り神を務める。また陰陽家では、娑謁羅(しゃから)竜王の娘、女神・頗梨采女(はりさいじょ)をいい、元旦に慈悲の姿となって人間界に来訪する神霊だという。のちに、この二つに先祖霊が加えられて、年神は、その瑞々(みずみず)しい活力により人間に再生産の力を与え、復活させるとされた。
年神を家に迎える目印となるのが門松である。松は常緑樹で、厳寒にも緑を失わず、「神待つ木」と称して、神の降臨する神聖な木となった。樹齢も長く、「松は千歳(せんざい)を契る」といわれる。
正月の間、年神は年神棚に祀られる。多くは、普段からの神棚に新しい注連縄(しめなわ)を張って、ここに年神に留まってもらう。注連縄に囲まれた部分は清浄な神域となる。
年神の御神体は鏡餅である。古代、祭祀に用いられた鏡は、現在も神社の御神体である。丸く平らに、古式の鏡のように丸められた鏡餅には稲の霊が宿り、鏡開きした餅を食べる者は新しい生命を体内に取り込めるとされた。

雑煮は年神に供えた餅を下げて、いろいろの具と煮たもの。具は地方によってまちまちで、郷土色が現れる。神に捧げたものを人も共に頂くことによって、神の霊を頂き、神と一体化するのである。

年神に供えものをして、年神から新しい魂をもらう。年神への供えものが「お節(せち)」であり、年神から与えられる魂が「お年玉」である。年玉は年魂であり、新しい魂は鏡餅としてかたどられた。

また、年神様(としがみさま)は歳神様とも言われ、「とし」の語源は、穀物、とくに稲、またはその実りを意味したとされています。

参照:葛木御歳神社公式ホームページ

ゆえに、その年の五穀豊穣と家内の安全をもたらしてくれる神様として、1月1日を盛大に祝う習慣が定着していったようです。なお、この年神様はご先祖様の神霊とする説もあるようです。ご先祖様の霊がお越しになるのだから、遠方の家族も含め、みなが集まっておもてなしをしないといけない、というようになったのかもしれませんね。